武久源造のシューベルト
武久源造のシューベルト
1830年代につくられたスクエアピアノで、武久源造の演奏するシューベルト、シューマンを聴く。
プログラムの最後に山川節子さんと共演したシューベルトの連弾曲『四手連弾のためのファンタジー へ短調 作品103』(1828年)。圧巻。広い曠野を切り裂く滔々たる大河の濁流に巻き込まれて、抵抗も出来ず流されていく感覚。だが恐怖感は無い。曇天。地平線が水平線にかわり、ふっと大洋に出て流れは消えてしまう。映像喚起的な曲、という今回のお題にピタッとハマった。
これまでピアノ連弾曲をコンサートで聞いた記憶が無いが、シューベルトの時代はピアノが改良され、普及し、家庭で音楽を楽しむ際に一番簡単な室内楽としてピアノ連弾が流行ったようだ。その時のピアノがスクエアピアノ。シューベルトは生前にピアノ連弾曲を56曲も出版しているらしい。中でもこの大曲は、武久源造曰く「シューベルトの遺言。31歳で早逝したが、彼はこの曲を残した。」還暦作曲家・武久源造は何を残すだろう。
このスクエアピアノは、大阪音大の博物館が所有していたが、博物館を閉鎖することになり、所有していた楽器を放出した時に源造さんのところに転がり込んできたらしい。「もらってくれないと捨てるしかない」とのことだったようだ。貧乏国家日本の教育制度の惨状がこういうところにも現れるのだな。やってきた当初はメンテもされておらず音も出なかったというが、現代のピアノ線ではなく、昔の製法でつくった希少で高額な弦に全て張替え、ハンマーやフェルトなどの可動部分を入念に手入れ調整して、ようやくここまで音が出るようになった。もはや彼の体の一部になっているのではないか。工具や接着剤をこのスクエアピアノと一緒に常に持ち歩いて、常に健康に気をつけながら二人三脚を続けている。
同級生Oが聴きに来て、久し振りの対面。文芸春秋のことなど。
跳ねた後は食卓を囲んで源造様の映画評論独演会。盲の音楽家がどうやって映画を見、その内容を克明に記憶するのか謎だが、呆れる程の凄まじい記憶力で多くの映画を(大声で)語る。大量の演奏レパートリーを全部暗譜しているにも関わらず、記憶容量は無限に余裕がありそうだ。『帰ってきたヒトラー』『赤ひげ』『黄金のアデーレ』『荒野の七人』『スターウォーズ』『バットマン』など。源造さんの語る映画を聞いていると、自分もその映画を「見た」気分になる。記憶の神秘に少し触れた気がする。
2018年9月13日木曜日