ハモン・セラーノ
ハモン・セラーノ
さて、スペインのハム、ハモンセラーノは、ドングリだけを食べて育ったイベリコ豚の後脚で作る。最高級にランクされるデ・ベジョータ(De Bellota)は下記の条件に合致したものだけだ。
「10月1日から12月15日の間に放牧を開始し、その内の最低60日間はドングリの木が植えられた放牧地でドングリまたは自生植物のみで穀物飼料を与えずに放牧肥育する。放牧終了時に開始前と比較して46kg以上の体重増があり、屠畜時月齢14か月以上のもの。生ハムの場合はこの内100%のイベリコ血統のものは黒いタグ付けとし、その他のもの(50%または75%がイベリコ血統)のものは赤いタグ付けとする。」
このように面倒臭い、手間のかかる、一筋縄ではいかない食材/料理を、特権的に楽しみたがる御仁もいる。磯崎アトリエでは、骨付きのハモンセラーノ丸ごと一本がパーティーで供されることが時々あった。バルセロナオリンピックの体育館を設計することになって以来、かの地にも事務所があり、丹下敏明さんがいつも極上のやつをキープしてくれていたのだ。時々バルセロナを訪れる東京のスタッフが、豚の脚をスーツケースに隠し入れ、命懸けで日本まで密輸することになる。当然、脚をセットするための重たい台も一緒に持ってくる。
ある時、師匠・磯崎新と二人きりでラマダン真っ最中のカタール・ドーハのホテルロビーでやることもなくボーッとしていたら、師匠おもむろに口を開いて「帰りに丹下君のとこに寄って、豚の脚持ってきてくれよ。年末のパーティーに出したいからよぉ」と仰る。師匠、ラマダンで美味いもの何も口にすることが出来ず、幻覚がちらついていたに違いない。だがしかし、決められた便で帰国しないと、日本でセットされている重要な打合せに出られなくなってしまう。打合せすっぽかすのもありかな、と一瞬思ったが、その打合せもこれもそれも全て師匠のためである。地球7周半分くらい考えて、あー、残念ながら仕事優先させていただきます。幸いすぐに別のスタッフがドーハに来ることになってますので、彼にバルセロナ経由で帰るよう事前に頼んでおきます。クリスマスには間に合う筈です。と申し上げると、
「最悪、クリスマスには間に合うんだな」
と、彼方を見やる淋しき目をもて呟きたまいき。嗚呼「最悪」の烙印を押されてしまったドーハの悲劇。斯様に、ハモンセラーノ・デ・ベジョータってやつは、面倒臭い、手間のかかる、一筋縄ではいかない食材である。
2017年9月23日土曜日