パウロ
パウロ
メンデルスゾーン『パウロ』の演奏会に出演する機会を得た。会場は懐かしの新宿文化センター。
長大な難曲。個人的には、思い通り弾けないことによる冷汗と、照明の暑さによる大量発汗でびしょ濡れ。もはや何かのスポーツ競技のように「参加することに意義がある」と言うしかない具合の悪い出来だったが、オーケストラや合唱の要所要所に一騎当千、練達のプロの方々が陣取ってくださったお陰で、ご来場の皆様方には楽しんでいただけたようだ。
2時間以上に及ぶオラトリオは、ユダヤ教からキリスト教に改宗したパウロの物語。作曲者フェリックス・メンデルスゾーンは代々ユダヤ教の家庭に生まれたが、ユダヤ人差別の激しかった当時の社会で生きていくため、実際的な父親の判断でユダヤの割礼を受けず7歳の時にキリスト教の洗礼を受けている。生涯の途中で回心を体験したパウロに、一族の歴史半ばで方向転換したメンデルスゾーン家のフェリックスは親近性を認めていたかもしれない。
曲が長くなればなるほど、音源を聴いたり、楽器をさらったり、今回の場合『使徒言行録』を読んでみたり。その曲に関わる物理的な時間も長くなる。2時間超の曲、しかも技術的に演奏困難な曲の場合、大袈裟ではなく人生の何分の一かをその曲と共に歩むことになるといっても良い。逆に、曲が長大になればなるほど、そして曲の物語性が強ければ強い程、普段気軽に聴くということから遠ざかる。演奏準備のために人生の限定された一期間をどっぷりその曲で充たすことになる。
今回はパート譜をもらってからいろんなことがあった。どれも記憶に残るがいいニュースではない。オーランドの銃乱射、ラマダンのエジプト、イギリスのEU離脱、イスタンブール空港の自爆テロ、、、事件を思い出す度に「パウロ」の記憶も冷汗とともに甦るのだろうか。
終演後、女声ソロを一人で歌いきった淡野弓子さんと話すことができた。これは彼女にとって三度目の『パウロ』で「恐ろしいことに気づいてしまった」という。『パウロ』初心者にとって思いもよらないことを仰った。
2016年7月2日土曜日