葦舟

 


ミカ・ワルタリ著『エジプト人』(原作1945年、角川文庫版)読了。


古代エジプト新王国絶頂期を生きた主人公「シヌヘ」の物語。古代エジプトの歴史を知っていても知らなくても十分に楽しめるが、基本的な物語の骨格が史実に基づいているのは、作者が少年の頃に味わったであろうツタンカーメン王墓の発見(1922年)という大事件が影響しているからだろう。


冒頭、主人公シヌヘの誕生秘話、「・・私は瀝青で塗りかためたささやかな葦舟にのってナイル河を漂ってき、母のキパが、その家の戸口段のすぐ側の岸辺にはえている葦叢の中に、私を見つけたからである。・・」を読むと、直ちにモーセのことを想起させられる。ワルタリはルター派宣教師の息子だった。旧約聖書はこう描く「パピルスの籠を用意し、アスファルトとピッチで防水し、その中に男の子を入れ、ナイル河畔の葦の茂みの間に置いた。」(出エジプト2:3)モーセはこの後ファラオの王女に拾われ育てられる。


鋭く対照的なのは古事記。最近刊行された池澤夏樹訳の『古事記』(河出書房新社)を読むとこうだ。「その言葉のとおり、二人でおごそかに性交をした結果生まれたのは蛭のようなぐにゃぐにゃな子だった。この子は葦で作った舟に乗せて流してしまった。」


ワルタリの『エジプト人』と『旧約聖書』は葦舟にのせて泣く泣く捨てた子供が成長し主人公として活躍するが、『古事記』のイザナキ・イザナミは、生まれたばかりの子供を、葦舟に乗せてどこかに葬り去ってしまう。


家を建てる者の退けた石が 隅の親石となった。 (詩編118:22)

 

2014年11月24日月曜日

 
 

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