処女の泉

 


5日、淡野弓子さんのblogが気になって渋谷ユーロスペースで上映中のベルイマン『処女の泉』を見に行く。


肝心な時に沈黙する神。露呈する人間の弱さと狂気。救いの希望を表象する水。ベルイマンが映画を用いて表明した、超越的神に対する信仰告白とも見える。彼も牧師の息子だった。興味深い。


勧善懲悪の単純な話ではない。どの登場人物にもボク自身のことが投影されているようだ。


明けて6日。68年前のその時も神は沈黙しておられた。


苦役を課せられて、かがみ込み

彼は口を開かなかった。

屠り場に引かれる小羊のように

毛を刈る者の前に物を言わない羊のように

彼は口を開かなかった。

(イザヤ53)

 

2013年8月6日火曜日

 
 

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