リスト・キリスト
リスト・キリスト
<受難楽の夕べ>は棕櫚の主日前日の3月31日。曲はリストのオラトリオ「キリスト」である。演奏時間約3時間。バッハのマタイ受難曲と同様の重量級。妙に早い開演時間、5時半ってのはそういう事情だったのだな。
ムシカ・ポエティカの企画したリスト生誕200年記念シリーズは、去年4月の「十字架の道行」11月の「レクイエム」に続く3回目。不勉強で、どの曲も、演奏会で初めて聴くことになった。シリーズを通して聴いてみて分かったのは、リストについてあまりに何も知らなかったということだ。女性達がその演奏を聴きながら失神するというアイドル系超絶技巧ピアニストとしての側面は今に至るまで伝説となっている。だがグルーピーに囲まれたリストその人が、宗教曲に熱心に取り組んでいたなどとは想像もできなかった。
贅沢な大編成だ。オルガンやハープ、さらにハーモニウムも使われていて、普段この団体の編成規模を大幅に上回る大人数がステージからはみ出しそうである。ヴァイオリンの皆さんは顎当てのついたモダン楽器だ。19世紀後半にはワグナーをはじめとして、大規模な編成の曲が次々に登場してくる。ステージの見てくれは、その同時代的な傾向をしっかり備えているが、内容もロマン的と言っても良いのだろうか、いつものバロック幾何学模様と対照的である。細く黒い直線が描かれた和紙に色絵の具を垂らし、滲む輪郭が無際限に広がる絵画とでも云おうか。
指揮の淡野弓子さんは、17世紀のシュッツから現代の作曲家に至る時間の軸を上空から俯瞰しつつも、時に鋭く急降下し、時代をピンポイントで深く抉るはたらきを続けていらっしゃる。去年から一年かけてリストを攻め続け、彼の位置を歴史に新しく刻み込んだのではないか。ブラボー。
強風で列車ダイヤが激しく乱れる嵐の日だったが「なにゆえ臆するか、信仰うすきものよ」である。終演後は雨上がり、穏やかな春の宵。復活の主イエスがカレンダーよりも一週間早く来て、始めから終わりまでコンサートに臨在していたと言う他は無い。
2012年4月2日月曜日