シュルレアリスム

 


シュルレアリスム展@国立新美術館→倉俣史朗とエットレ・ソットサス展@21_21など。


国立新美術館はシュルレアリズムの通史を俯瞰する大規模な展覧会。ポンピドゥーがまるごと引っ越して来た感。この展覧会を見る限り、思想(0次元)を背景とし、詩(1次元)=宣言を運動の契機としたシュルレアリスムは、主に絵画/映画/写真などの(2次元)表現にすぐれたものがあるように感じる。2次元は、3次元の現実から見る我々の想像力をかき立てる。次元の欠落そのものが、想像力を喚起増幅する表現の重要な要素になっていると見える。ジャコメッティやミロの彫刻がこの展覧会の中で異質な感じを纏っているのは、シュールに期待する不可視の何かを、3次元の彫刻がひとまず現実のものとして見せてしまっているからだ。作品の善し悪しのことではない。


マン・レイのオブジェなどの「3次元のシュール」がほとんど展示されていないことで、かえって3次元のことが気になった。そのなかで、ブルトンのアトリエ、いわゆる「壁」の記録フィルムにアフリカやオセアニア先住民の「プリミティブ」なモノたちが溢れんばかりに映っているのが目を惹く。


3次元の極でありかつ機能に縛られている「建築」ではシュルレアリスムが実現しないのも止むを得ない、などど思いながら21_21に移動。倉俣/ソットサッスの展覧会。


人だかりの中心で三保谷さんが倉俣さんの想い出をしゃべっている。そういう日だったのか。人ゴミは避けて三保谷さんのおかげで空いている展覧会場をゆっくり廻る。三保谷さんの話は以前直接たっぷりうかがったからね。


倉俣/ソットサッスの二人とも建築に近い位置で3次元の作品をつくり続けたが、それらは「シュルレアリスム彫刻」とでも言えるような、現実からの浮遊感を湛えて夢のように美しい。

 

2011年3月7日月曜日

 
 

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