防災の日
防災の日
母が生まれたのは関東大震災の年だ。89年前。
先日訪れた立川防災館には地震のシミュレーターがあり、いろんな震度で地震体験ができるようになっている。最大震度7を体験してみた。しゃがみ込んでテーブルの脚をつかんでいるのが精一杯だ。巨人に掴まれ振り回されているような感覚で、体の自由は一切合切奪われている。
興味深かったのは、記録に残っている関東大震災の地震波形通りにシミュレーターを動かす、つまり関東大震災の揺れをそのまま追体験できるようにもなっていたことだ。体験した方々の様子をすぐ脇で観察させてもらった。いきなりズドンの直下型地震波が、間をおいて3回襲ってくる。不意打ちでこれが来たらとても冷静に対応出来るとは思えないが、シミュレーターに乗っていた方々は事前に教えられた通りの適切な行動をとっていた。確かに訓練は必要だと感じる。
炭や薪を燃料にしていた当時のかまどやコンロは「すぐに火を消す」対応が出来なかった。火事が多発し東京中が燃えた。火災の被害データはその後様々な局面で力を発揮するが、約20年後アメリカは震災の火災による被害状況を研究した上、効率的に爆弾を使うための空爆ポイントを決める。
被害データは無差別殺人行為にのみ使われたわけではない。建築や設備の安全方向への変化が促された。耐震という概念の普及、燃えにくい建物の研究、コンロなど設備の改良による火を制御する方法の工夫などが代表的なものか。だが阪神大震災の時も、関東と比べ焼失面積は1/50程に小さくなったものの、火災そのものの発生は防げなかった。電気に依る通電火災が6割以上を占めた。(写真上は関東大震災 下は阪神大震災)
311では原子力発電所爆発。今や防災は自然を相手にするだけではなく、国家や企業が相手でもある。放射能という不可視の相手も大量放出されてしまった。ちいさな命を守るために、闘う相手が多すぎやしないか。
2012年9月3日月曜日