惑星ソラリス

 


残暑見舞いにいただいた映画のチケットで、タルコフスキーの「惑星ソラリス」を見に行く。40年前に製作された映画だが、古びていない。


映画、特にSF映画は「時間」をテーマにすることから逃れられない。記憶と懺悔、不安と希望が物語りの中で美しく織上げられていて、脳の海馬が活性化したような気になった。


彼の他の作品にも共通することではあるが、映画はタルコフスキーの信仰告白とも見える。唯物史観の体制の中で信仰の問題を突き詰めた表現者は、亡命の道を選ぶしかなかった。芸術至上主義と云われていたタルコフスキーですら、表現者は政治的なことから無縁でいられない。たとえ政治に対し無関心な芸術家を装うとしても、逃れようも無く自分につながる過去や未来に対し、自己の立場を表明するのが表現者の生き方であろう。


創世記冒頭そのままの映像表現は美しく、音の扱いがすばらしい。


地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。

(創世記1:2〜3)


聖書の記述によれば、光が生まれるその直前に「光あれ」という神の命令が(おそらく大音量で)鳴り響いている。音は光以前に存在した。その音として、J.S.バッハのコラール前奏曲(BWV639)がなんとも似つかわしい。

 

2012年8月16日木曜日

 
 

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