故宮博物院

 


今年2月に上野に来ていた「北京故宮博物院200選展」を見て、是非台北のコレクションも見てみたいと願っていた。念願叶い台北の故宮博物院を初めて訪ねる。凄かった。


開館直後に辿り着いたものの、朝早くから大陸の中国人団体客が大挙押し寄せ、大声で引率するガイドを先頭にぐいぐい割り込んでくる。ボヤッとしてたらドカンと頭突きされた。大陸のヒトはこの行動ですぐ「あ、大陸人だ」とばれてしまうのだ。対照的に台湾の方々は、おそらく「かつての日本人」以上に公徳心にあふれていて礼儀正しく優しい。


その大陸人の団体を可能な限り避けながら駆け足で全館まわることにする。


清の絶頂期、乾隆帝(1711-1799)がコレクター魂を炸裂させ、各地から集めた文物を収集整理したのがこの博物館の基礎になっているようだ。乾隆帝はお気に入りのコレクションを常に身の回りに置き、陶器・磁器・玉(ぎょく)であればその表面に自分の銘を刻んだり、書画であれば落款・題辞を加筆する。


書画の場合、1枚の絵に印影がやたらと押されているのを不思議に思っていたが、これは作品が別の所蔵者に渡る度に「これ、オレんだもんね」って感じで書いたり押したりして、生きる作品履歴の一部となっているからだ。後から名作に加筆するなど恐れ多く凡人には考えにくいが、乾隆帝にあらせられましては書画のみならず焼き物や玉にもガリガリ「これもオレんだもんね」を刻み込んでいたのだから恐れ入る。割れたらどうしようなどと凡夫は考えてしまうのだが、さすが天子、細かいことは気にしない。だが、細かい作業は大好きだったご様子で「米粒に般若心経」系の細かいものが、乾隆帝の時代に数多く残されている。


今回のベストは、大汶口( Ta-wen-k’ou)時代(4200-2600 BC)の「白陶鬶(Gui)」。おそらく同時代、偉大なキクラデスの大理石小像にも共通する衒いの無い抽象が持つ迫力。こういうものを目の当たりにすると、先達が築いた過去の文化に対する敬意と畏怖、未来への謙虚と希望が綯い交ぜになった激しい感動が沸き上がる。何度でも再訪したい。

 

2012年8月13日月曜日

 
 

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