地下宮殿
地下宮殿
「イスタンブールでは地下宮殿に行きなさい」とジェームズ・ボンドはロシアから愛を込めて教えてくれた。
元は貯水池。4世紀コンスタンティヌス大帝の時代に造られ、6世紀ユスティニアヌス時代に拡張された。貯水池としての機能を失った今も、世界遺産として観光の目玉になっている。
本来、人が入るための場所ではないから、柱や柱頭・柱脚の材料はいわば廃材のリサイクルで、あり合わせの石材を組み合わせ、見せる意匠になっていない。ひっくり返ったメデューサの頭が柱脚になっていたりする。全体計画を見ると均質なグリッド状なのだが、部分はムラのあるいびつなディテールに満ちていて、そこがこの空間の魅力の一つだ。
不思議なことに、人はモノの表面を見るだけでその厚みや密度、重さが分かる能力を持っている。薄いプレハブ住宅の壁と、蔵の分厚い漆喰壁との質量の違いを触らずとも一瞬で判別できる。カイマクルの蟻の巣状の地下都市やこの地下宮殿に入り我々が緊張するのは、穿たれた空間を形作る壁の厚みが無限大であることを皮膚が感じているからだろう。ピラミッドを前にして激しく揺さぶられるのも、石の重みを無意識のうちに感じているからだ。
東京、特に新建材で練り固められた住宅街の景色は、触らずとも厚みが露呈していて薄い。薄く軽いことが美徳ですらある時期もあった。「栄養失調系建築家」がそれを後押しする。その時代はまだ続いているのだろうか。
2010年3月12日金曜日